Ubuntu使うの疲れて飽きた
2009年12月29日 06:21私はフリーターで、フリーは自由を意味している。楽ではないけど自由に創造できると信じていて、30歳まではその意味を確かめる時期。
Ubuntu に共鳴したのもフリーは自由を意味しているからで、楽ではないけど自由に創造できると信じていて、30歳まではその意味を確かめる時期ってことにしよう。
あとひと月で30歳になる。Ubuntuは使うには苦労がまだ多く、今も複数のアプリケーションで音声を同時に扱うことがうまくできずにいて、もうそろそろ Ubuntu をデスクトップ OS として使うのを諦めてみようかと考えている。
使うことに関してこの苦労は無駄でしかなく、いつも使うまでが目標になってしまいその後の活用がない。疲れちゃってそこで終わるのよね。Ubuntu という OS を使うこと自体が面白いと思えていたが、その先がない状況に飽きてきてしまった。
Windows の次は Mac で、その次が Linux や FreeBSD であることが何かを作り出す筋として自然なんだと感じている。
デスクトップ用の OS は市場と利用者を囲っていなくてはならない。囲いのない自由は広すぎて扱えなくなるだけだ。人の集落と同じく言葉の壁や趣味や指向による小さな囲いが人々を先へ進ませるために必要なのだと思う。Linux も、その広がりは広くなりすぎてはいけなくて、シェアが伸びないのがあるべき姿なのだと思えてきた。
OS の繁栄はそれぞれ形が違うのだ。どの OS がではなく、どの形がその OS なのかだ。Windows は雑草のように至るところ広がり、Mac は綺麗な花や果実のように麗しく、Linux は木のように静に根を伸ばしていくのだ。
こんどは雑草の上で寝そべってみよう。気持ちよさそうだ。
ASCII.jp:どれを買えばいい? Windows 7エディション全部解説|買う前に知っておきたいWindows 7のアレコレ特集
